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飛躍の2017年 


昨日、仕事納めでした。
今日は、約半年ぶりにグ~タラして3度寝しました。
この半年は、本当に頑張ってきたなと、我ながら思います。
この年末年始の休暇中も、やるべき事は色々あります。
今日も本当は出かけようかと思っていましたが、その日は休暇中の他の日でもOKなので、今日だけはグ~タラを許す日に(^-^)


クリスマス前後も忙しくしていました。
でも上の人たちは、わざわざ25日のその日に、私にプライスレスな贈り物を3つも送ってくれました。
ほかの日にそれを受け取らせてくれても もちろん嬉しいのに、本当にわざわざこの日だったことが心から歓喜しました。


2017年は、この次元的に、私の生き方を変えることとなった飛躍の年でした。
ここからがはじまりです。
来年の春先には、今いるここから さらに冒険に出ることが決まっています。
その時期は、当然、自分で決断・表明するものだとずっと思っていました。
それと同時に、本当にそれで大丈夫だろうか?時期的にも問題ないだろうか?と内心思っている自分もいました。

そうしたら、自分で決断・表明する前に、外側の世界から強制的にそうすることを宣告されました。
もぅ、すっっっごく驚きました(@▽@)
上から、そうすることを決定づけられたように思いました。
起こるべくして起こるとは、こういうことだな、、、と。
そして、外界から宣告されたほうが、私にとってさらに都合が良いことがいくつも重なっていることに気づきました。

まだ実際に冒険に出る前なので、どうなるかはわかりませんが、現時点で推察する限り、より良い結果に導かれているのだろうなぁと思っています。


でも。。。。どんなに色々なことが複雑に見えることが起こっても、大切なのは、選択肢はいつも2つしかないということ。
それは、愛か恐れか。
別の言い方をすれば:
ホーリースピリットを導き手に選んでいるか、エゴを導き手に選んでいるか。
----ということ。


この世的には、私たちは自由意志があると思っています。
冒険に出るとか、何かをするとかというのは、自分の意志で行っていると考えるのが、現在の世の中では一般的な捉え方かと思います。

でも、真には、飛躍することも冒険に出ることも、脚本はすでに書かれていることです。
肉体を持った私達には、この世には時間の概念があり、時系列的に未来は知らない・わからないだけです。

自由意志という本当の意味は、上記の2つの選択肢を私たちがどちらを選ぶかということが、唯一の自由意志であるのです。


この世的に、考えればいくらでも不安や心配に思うことは出てきます。
でも、私は、脚本のことも自由意志のこともコースから学びました(学んでいます)。
そのことを忘れることなく、2018年を迎えたいと思います。


Happy holidays。。。☆




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新たな居場所を求めて 

5月に、ついに とうとう来たかっ!、という ある啓示的な出来事がありました。

それ以降、新たな居場所を求めて、色々準備中。

どうなるかわからないけれど、この方向に行ってみる!(今の私には、それが正しい道だ!) という、直感に突き動かされています。


先日、泳ぐ夢をみました。
一緒にいた仲間は、皆 躊躇しているのに、私は潔く決断して、泳ぎ始めます。
いざ泳ぐと、自分が思ってる以上に、サクサク スイスイ泳げて、ゴールに辿り着ける夢。
ゴールに着いた時の、ヤッター🙌🏻🎊という達成感が、えらいリアルでした。

スイスイ泳ぐ夢は、多少の努力も厭わない 前向きな気持ちの表れで、泳いで目的地にゴールできるのは、現在取り組んでいることが目標達成することを暗示しているそうです😆


so far, so good😊
hang in there and keep up the good work!!>自分っ✊🏻


ワンネスの記憶 


学生時代、歌や合奏で、美しいハーモニーとかで、完全に調和・一体感を感じる瞬間、この上ない至福に包まれ、よく泣きそうになっていました。(T▽T)

記憶にある 最初の記憶は、
小学生の頃の、学芸会かなんかの合奏。あと社会科見学の一環でオーケストラを聴きに行った時も(もちろん人生初 オーケストラ)、クラスメイトは誰も泣いてないのに、涙が勝手に出てきて、しかも止まらず ビックリした記憶が。

そして中学の音楽の時間は、かなりの頻度で、歌も何かの楽器演奏も、涙がちょちょぎれることがよくありました。

そのアメージングな調和感は、クセになる感じで、音楽の時間は 実はかなり好きでした。
いつも必ずそれがやってくるとは限りません。
それを感じれた日は、ラッキーdayなのです(o^^o)

周りを見渡して、何でみんな のほほんとしているの?何も感じないの?
泣きそうなのは・泣いてるのは私だけ!?
…と、いつも いつも不思議に思っていました。

そして 当時は、何でこんな 心が震えて、泣くほど感動するのか、そもそもの理由がわかりませんでした。



コースの関連本 「『奇跡のコース』を生きる 入門から実践まで」を読んだのは かれこれ5年前ですが、それに泣きたい理由が書かれてあり、ナゾ解明。

シンフォニー・オーケストラの演奏や、ダンサーたちのパフォーマンスがすばらしくうまくいくとき、当事者も、また観客も、心に喜びを湧き上がるのを避けることができません。それは、ひとつであるという"ワンネス"の深い感覚からやってくるものなのです。
ーーー「『奇跡のコース』を生きる 入門から実践まで」P.236
by ジョン・マンディ



私の表層での意識は判らずとも、無意識は、その記憶をちゃんとおぼえていたのです。


*・゜゚・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゚・*


最近、このYouTubeを見つけて↓、大好きなBe still my soul をここまでハモりまくってくれてるのに感動し、ワンネスの記憶を再び思い出したmiriamでありました✨✨



イヤホンで聴くと、感動倍増です👍🏻


eclipse 6、アメリカ ユタ州のヴォーカルグループ。
2000年から活動をしているようですが、日本ではほとんど馴染みがない…ですよね。ほとんどの?曲の題材が題材なだけに †✨
素晴らしいコーラスです。
彼らの歌う姿の向こうには、モンク(の過去世)が見えてなりません😆

どうやら今年の秋頃に、new ゴスペルアルバムが出るとのことなので、ちょっとチェックしてみようかな😊





Wake up call 


何故もっと前にこうしなかったんだろう?
と思うことがあったけど、よくよく考えたら、私はその時々、他の選択肢やリスクとかも考えて、その時自分にとってベストだと思う選択をして、今こーなってるんだと思い出した。


今年は個人的に節目の年でもあり、それを裏付けるかのように、カバラ数秘も新しい周期に入る年でもありました。

新しい選択ができる環境になって、新たな道に進むべくwake up call がかかる出来事がありました。


真には、何も起こっていないんだけど、この世で世捨て人のような生活をしない以上は、この夢の中の生活にも対処していかなくてはです。
いくら私たちが 真には肉体ではなくスピリットの存在だとしても、息を吸わず、水も飲まずにいるわけにはいかないのと同じです。
でも、真実は忘れずに、自分が何をやってるかはわかってるつもりなので、それがかつての自分と違うことかな。


幸せな夢に向かって🌈 😊





2016年を振り返る 


今年も あと2週間あまり。


以前の自分は、まだまだコースの理解が浅かったなぁ〜と思います。
おそらく、数年後、この2016年頃の私も"まだまだ"だったなぁ〜と思うんじゃないかと 思います。
…そう思える位、より深い学びができていればイイナと思います。( ^ω^ )

そしてつくづく、コースは、この世で一般的な視点と、全く逆を行くなぁーと感じる日々。
でも、学べば学ぶほど、やっぱりこの世の"良し"とされていることの多くは、エゴの枠組みから逃れられないような仕組みになっていることが、わかってきます。

例えば、引き寄せの法則は、木を見て森を見ていないし、ホ・オポノポノでは、自分は無辜であることは受け入れられない。"今 ここ"って考えているそこが、幻想の世界のことなら、ナンセンスになってしまう。また、エゴと共存とか上手く付き合いましょう なんてアイデアも、それが根本的解決にならないのは明白なわけで。
いずれも、この世で一時的に気分や状況は良くなるかもしれないけど、実は幻想をリアルにさせることを強化しているにすぎない。
そうやって、エゴを温存させる策略にも知らずのうちにも ハマってしまうシステムになってるのです。。。



理論上の話だけではなく、日々の体験を通じて、エゴに惑わされそうになっても、いや ちょっと待てよ、、と思い出して気づけるようになるのがスムーズになってきたように思えます。

とはいえ、まだまだ(当然) 肉体的・精神的疲労を感じたり、エゴの不意打ちにあって、心が乱れることはあります。
ホーリースピリットやJに、何でなんだよぉ〜!?とか、助けて下さ〜いと泣きつくこともあります。
でも、物事の見方をコース流に捉えることが、以前より慣れてきた気がするのです。


お願いの仕方というか、祈り方も変わってきました。
「小さな答えは一なる答えの中に含有されているが、その逆はあり得ない。」ーーーワプニック博士の本にそんなことが書かれてありましたが、それが身にしみるほど、わかってきた2016年でもありました。


来年は、もっと幻想を赦し、幻想を楽しむことをも赦す余裕がもっと出てくればいいなと思います。




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